常設展示室のご紹介

ヴェネツィア貴族の優雅な暮らしを覗いてみませんか?

展示室では、一千年の歴史を誇るヴェネツィアガラスの工芸品をはじめ、イタリアの伝統的な家具や調度品などを常時約3,000点展示し、四季折々の貴族の暮らしや文化をご紹介しています。また、世界を舞台に活躍するヴェネツィアのガラス作家達の卓越した作品も多数展示しております。
水の都・ヴェネツィアで育まれた、華やかな宮廷文化と美しいガラスの世界をお楽しみ下さい。

 応接間  -WAITING ROOM-

こちらの部屋は、貴族の館における応接間です。応接間は貴族の宮殿や邸宅において玄関の役目を持っています。館を訪れた客人は、主人の元に案内されるまでこの部屋で待ちます。そのため、主人は応接間に美術品を飾り、客人の目を楽しませるように工夫を凝らしました。また、美術品を飾ることで自身の趣味趣向を相手に伝え、その後のコミュニケーションを円滑に進める役割も果たしていたのでしょう。部屋全体が、客人を迎え入れる部屋として豪華にしつらえられています。

 宝の間 -WUNDERKAMMER-

“Wunderkammer(ヴンダーカンマー/ヴンダーカマー)”は、北欧から始まりました。イタリアにその文化が到達する頃には、主にアンティークや一風変わったオブジェ、様々な芸術品、考古学的発掘物など宝物を収集する部屋となりました。
この“Wunderkammer”は誰でも見ることが出来る部屋ではなく、主人が一流の人物として選んだほんの一握りの人々のみが入ることを許されました。部屋を紹介された客人は、選ばれた者しか入れないことを知って、より興味が高まりました。また、プライベートな空間に招き入れるのにふさわしい知的な人物として評価されていたことに対し、誇らしい気持ちになりました。
室内には、ヴェネツィアガラスの伝統技法で作られた“ミッレ・フィオーリ”が約2,500点飾られています。

 貴族の居間  -LIVING ROOM-

宮殿で最も広い居間は、主人が客人を招いて正式なディナーをふるまったり、歓談をしたりなど楽しいひとときをすごす部屋です。中世貴族にとってディナーは交流の場として重要な役割を果たしており、毎日のように宮殿に人を招いては饗宴を繰り広げていました。
部屋にはロココ様式とバロック様式のミラーコンソールが置かれ、ダイニングとリビングのセットはルイ16世スタイルとなっており、バロック時代にはこのように様々な様式を混在させたある意味「奇抜な」発想がもてはやされました。
金のミラーコンソールと装飾性の高いヴェネツィアンミラーや18世紀スタイルのシャンデリアなどにより、豪華な室内となっています。

 書斎  -STUDY ROOM-

『マルコポーロの夢』をテーマに、書斎、執務室として、世界を相手に貿易を行なっていたヴェネツィア貴族の仕事部屋を再現しています。商談や打合せにも使用する部屋で、書棚や書籍、地図など、当時のヴェネツィア商人の執務室にふさわしい演出をしています。
書斎は、主人の必要に応じて部屋の広さは様々で、瞑想のためだけの小さな部屋の場合もあれば、様々な発想を具体化していくために広い部屋の場合もありました。宮殿の主人専用として使用される部屋だったので、都合が良いようにプライベート空間に近い場所に作られ、書き物に適するよう音や雑音が耳に入らないような、建物の中でも少し奥まった場所に多く作られました。また、考え事や瞑想に集中できるよう、気が散ったり集中力を削がれたりするような不必要な物は置きませんでした。室内の家具調度品は、調和のとれた環境を作り出すと共に、常に主人の富を象徴する必要がありました。

 家族の居間  -FAMILY LIVING ROOM-

今日私達が知る“居間”は、1700年代半ばに生まれたとされています。それ以前は、いわゆる“居間”と呼ばれる部屋はなく、様々な機能により部屋が分散されていました。貴族の宮殿の中では個人的な生活の場として区別され、親しい友人達と楽しく愉快なひとときを過ごす部屋として作られていました。
この部屋は、家族の居間として使用されると同時に、主人や女主人が友人を招いて会話を楽しんだり、音楽家の演奏を聴きながらお茶を飲んだりしました。居間に置かれたソファは家族の中心となり、冬の寒い日には、子ども達が家庭教師と遊ぶかたわらで、大人達は暖炉で温まりながら寛いだのでした。

 家族の食堂  -FAMILY DINING ROOM-

宮殿の中での食堂は、家族が友人を招いてパーティーをしたり、夜通し宴会をするような部屋でした。ローマ帝国の滅亡と共にこのような贅沢な部屋は貴族の邸宅から消え、食事を作る台所が食堂の役割を担うようになります。その後ルネサンスの時代に再び部屋の役割が分かれたとみられ、食堂は貴族の邸宅にふさわしい形になりました。
バロック時代になると、食堂は主人と家族が親密にすごす場所となり、招待した少人数の客人と共に楽しい時間をすごす場所になっていきました。実際に宮殿にはお祝い事や世俗的な催しをするための空間が別に作られており、来客はパーティー用のテーブルが用意されシャンデリアのきらめく大きなサロン(談話室)に招き入れられました。その空間は客人を招くために作られた場所で、日常的に主人とその家族が食事をする所ではありませんでした。家族の食堂は台所の近くにあり、召使や乳母なども出入りすることができました。

 貴族の食堂  -DINING ROOM-

貴族が親しい友人達と歓談し、優雅な時間をすごすための部屋です。そのため、豪奢な居住性が求められていました。家具はフランスのルイ15・16世の時代にヨーロッパで流行したバロック様式を取り入れ、イタリアで生産されたヴェネツィアン・バロックで統一されています。
18世紀のヴェネツィアでは、花や植物などを彫刻し、淡い色や金などで装飾を施した華やかな調度品が好まれ、宮殿を彩っていました。豪華なテーブルセッティングや調度品から、最盛期のヴェネツィアのきらびやかな暮らしぶりを伺い知ることができます。

 バスルーム  -BATH ROOM-

過去においてバスルームは様々な機能と意味合いを持っていたとされ、現代のように1つの部屋に様々な機能が集合しているものではなく、また、部屋の持つ意味合いも違い、歴史的な再現は困難であるとされています。こちらの展示室では、宮殿にバスルームが最初に作られた1900年代の大理石の浴槽を再現しつつ、17世紀頃の貴族のトイレ、化粧台なども、現代に近い形で1つの部屋に集めて展示しています。
“バス”という言葉はラテン語の“balneum(浴室)”が語源となっており、衛生面での治療と儀式的な目的などから体を沈める場所のことを表します。バスルームが最初に作られた当初、一般の国民には贅沢なもので、持ち主の社会的地位を示すためのものでした。バスルームにとって重要なのは、体の衛生を保つことよりも、持ち主が人々と違うエリートだということを明確にすることだったのです。
バスルームにおいて大理石で作られた大きな浴槽は部屋の中心に置かれ、入浴時には大勢の使用人が必要でした。また、室内の調度品は、館の主人が来客に自慢し披露するためのものでもありました。

 寝室  -BEDROOM-

貴族がプライベートな時間をすごす寝室は、単に寝るためだけの部屋でなはく、友人や恋人を招き歓談する場所でもありました。そのため、快適な空間かつ部屋の持ち主の好みが反映された、華麗な装飾が追求されました。部屋の天蓋付きのベッドや大切なものを収納する飾り棚は、全てバロック様式で統一されています。シャンデリアは、ヴェネツィアの宮殿の名称“レッツォニコ”と名付けられ、18世紀に最も流行したデザインです。
テーブルの上には、貴族が朝夕に嗜んだという“チョコラータ”とその食器のスタイルが並んでいます。心のゆとりを大切にして生活を楽しんでいた、ヴェネツィア貴族の豊かな暮らしを垣間見ることが出来ます。